朝日を拝むとき5「歓迎」

面接に合格した哲太と、鷹野たちが向かったのは駅前にある居酒屋だった。
4人掛けのテーブル席で、哲太の正面に小出が。その隣に上野が座る。鷹野はしばらく店員と何かを話したあと、哲太の隣に座った。

「あれ、あいつはまだ来てねえの?」
と、おしぼりで顔を拭く上野。鷹野は静かに頷いた。
「やっぱり例のクライアント、あの子に任せるのはまだ早かったんじゃないの?」
小出が少し心配そうに尋ねる。だが、鷹野はそうでもないようだ。
哲太には話がよく見えない。が、おそらく後ほど合流するスタッフのことを話していることだけは分かった。
「さっき話していた、立川さんっていう人のことですか?」
「ああ。まぁな。あー、やっぱり俺が同行したら良かったかな」

鷹野は首を横に振る。

「だめだよ上野さん。そうしてしまうと、立川さんはただの御用聞きになってしまう。彼女がきちんとシステムの取説くらい出来るようにならないと、上野さんがシステム開発に集中出来なくなっちゃうだろ?」
「あのよぉ、別にこの会社の方針がそうなら仕方ねえと思ってるんだが、俺はちょっとラクしすぎてるように思うんだよなぁ。こんなんで商売うまくいくのか?もーちょっと苦労したほうが・・・」
「上野さん、苦労したら商売は上手くいくの?」

刺すような鷹野の言葉に、その場に居た全員がたじろぐ。

「あっ、ゴメンゴメン!今日は哲太くんの歓迎会だったね」
「おお、そうだった。悪ぃな西田。まぁ、これから仲良くやろうや」
2人が取り直して緊張が解れたところで、ドリンクが届く。というよりも、それまで店員が雰囲気を伺っているようだった。
「乾杯!」

グラスを4人で合わせて乾杯する。それから上野が次々と料理を注文し、テーブルに所狭しと唐揚げやピザ、寿司などが敷き詰められていく。しかし、注文した上野が次々と料理をガツガツと平らげていく。その様子に、哲太も小出も唖然としていた。

「・・・結構食べるんですね、上野さん」
哲太にとっては意外だった。以前までの上野は線が細く、病弱で不健康で小食のイメージがあったからだ。
「ったりめーだろ!今日は全部社長のオゴリだからな!わははは!」
上野は大ジョッキのビールを一気に飲み干し、店員に追加注文をする。
「いやぁ、でも上野さんがそこまで元気にされてたのはちょっと嬉しいですね」
「うむ。実は俺もなぁ、割と生死の淵をさまよってたんだよ。だってよぉ、吉嶋に居た頃の営業の質の低いのなんのって・・・」
「・・・はは、それはすみませんでしたね・・・」
「ばかお前じゃねえよ。竹中のとこのグループはまだ良い案件拾ってきてたよ」
「そうなんですか?」
「ああ、1週間以内にオーダーメイドのシステムを組まされたり、原価割れしてんのに商談とって赤字の開発させられたり。ノーと言えない営業のせいで開発チームはモチベーションだだ下がり・・・結局その皺寄せが俺のとこまで来てた訳よ・・・あー今思い出しただけでイライラすんぜチキショウ!!」
上野は隣に座っていた小出のビールジョッキを掴んで、豪快に飲み干した。

「あっそれ私の!」
「ぷはぁ!おー酔いが回ってきたぁ・・・」
「・・・」

むっとした表情になる小出。

「すいません社長、お冷やのサーバー取って貰えますか?」
氷水が入ったサーバーを鷹野から受け取り、小出は蓋を開けた。そして、真っ逆さまにして上野の頭に思い切りぶちまける。
「ヒャァアアア?!」

店内に悲鳴が上がった。

「な、何すんだこいつ!信じらんねー!」
「信じられねーのはこっちの、セリフだ!このクソオヤジ!!どういうつもりであたしが口つけたビール飲んだんだ!ええ?!」
「何わけわかんねー事言ってやがんだ!飲まねーからいらねーと思ったんだよ!」
「おいセクハラオヤジ、酒にはペースってもんがあんだよ、酒に飲まれてるあんたには解らないかもしれないけどさ!」
「なにぃ?!だーれが酒に飲まれてるって?え?おい。おれはまだシラフだぜ?分かるように顔近付けてやろーか?どうだ?俺は酔ってるか?ほれほれ、もっと近づいてやろーか?」
「嫌ぁあぁ!!近寄んな変態オヤジ!!」

その様子を見て、鷹野はけらけらと笑い始めた。かたや哲太は、上野が元気になったは良いが何だか複雑な心境だった。

「ごめんねえ、哲太くん。君の歓迎会なのにね」
「いえ、上野さんが楽しそうにされてて何よりです」
「そうだよね。堀部くんにもこの様子見せたかったなぁ」
「・・・俺が伝えときますよ。今度、墓参りに行くんです」

俯きながら哲太が答えた。それから少し沈黙が流れて、気が付けば上野は椅子に座ったまま動かなくなっていた。

「あれ?小出さんが仕留めたの?」
「いや、喚くだけ喚いて勝手に寝ちゃいました。っていうか社長、仕留めたってなんですか仕留めたって」
「あはは!キツーく平手打ちでもして、気絶させたのかなーと」
「あー。してやりたかったですねー・・・っていうか、もうそろそろ良い時間になってきちゃいましたね」
「え?わー、本当だ」
壁にかかっていた時計は、22:00を指していた。店員もラストオーダーを伺いにやってくる。

「参ったなぁ、立川さん今日は来れないかな?」

と、鷹野が心配し始めた矢先。
「遅れてすいませんでしたぁああ!」
元気の良い声が店内に響き渡った。そして、ドタドタと元気の良いスーツ姿の女性がこちらに向けて走ってくる。哲太はそれを見て、就活生かと思ったがどうやら違うらしい。スーツの名札に立川美琴と書いてある。
彼女が、上野が心配していた営業スタッフらしい。

「立川さん、遅いよ」

そう言う鷹野だが、怒っているわけではなさそうだ。
「すみません・・・料理まだありますか?」
「あー・・・いや、あったんだけど上野さんがみんな食べちゃったみたい」
「そ、そんなぁ・・・」
「よし、あおい屋に行こう。そこなら12時まで開いてるから。あおい屋なら文句ないだろう?」
「えっ・・・!良いんですか?!」

あおい屋という名前を聞いただけで、立川の目に輝きが戻る。何の店かはわからないが、おそらく余程の名店なのだろう。

「良かったねえ、美琴ちゃん。そうそう、この子、今日から営業部に配属になった西田哲太くん」

と、ここで小出が哲太を紹介する。

「ああ・・・!すみません、私、立川美琴っていいます!上野さんのシステム売ってます!西田さん、はじめは分からないことだらけかもしれませんけど、何でも聞いてください!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

どう見ても、こちらが質問される回数のほうが多そうだと思ったが、それは言わないでおいたほうが良さそうだと思い、哲太は短く挨拶を済ませた。

「よし、それじゃ行こうか。僕は車をお店の前に回してくるから、小出さんはお勘定しておいて。哲太くんは、上野さんを起こしといてくれるかな。
それと、立川さんは・・・」
「はい!何でも任せてください!」
「お店の前で待ってて」
「あらっ」

鷹野と小出が席を外す。残された哲太は、ひとまず冷水をグラスに入れて上野の肩を揺すった。

「上野さん、大丈夫ですか?」
「うー・・・」

上野は唸るだけで、目を覚まそうとはしない。

「あーもう、面倒くせえなこのオッサン!!」

こっくり、こっくりと上野は揺れる。しかし早目に起こさないと、担いで車に持っていかなきゃならない。
上野はそんなに太ってはいないが、長身なのでやはり重そうだ。出来れば自分で歩いてもらいたい。

「よっしゃあ!もう一軒行くぞぉ!!」
「えっ」

寝言だった。上野は夢を見ているようだ。

「あのなぁ、今日は、なぁ・・・こらっ!聞いてんのか?・・・うう」
「上野さん、そろそろ社長きますよ。起きてください!」
「西田が・・・」
「・・・え?」
「西田が・・・来てくれたぞっ・・・なのに何してんだおまえっ・・・!」
「・・・」

上野を揺すっていた哲太の手が止まる。

「ばかやろー・・・堀部・・・まだこれからじゃねえかお前よぉ・・・」

瞼に涙が溜まっている。哲太も同じだった。

数分後、店内まで鷹野が迎えに来る。哲太は上野を背負っていた。

「あーあ、上野さん起きなかった?」
「はい、でも大丈夫です。俺が車まで連れていきます」
「頼もしいね・・・ん、哲太くん、どうしたの?」
「何でもありません」
鷹野の車は玄関まで来ていた。既に小出と立川は車に乗っている。哲太は小出に上野を預け、鷹野の隣の助手席に乗った。

「おー、すげえ。上野さん重かったでしょ?」

哲太の力に、小出は感心しているようだった。

「やっとマトモな男子が入ってきたねえ」
「・・・いや、結構重いですよ、上野さん。もうこれっきりにしてほしいです」
「だよね、お酒が入ってなきゃ良い人なんだけどねぇ」

小出の位置からでは、哲太の表情は見えない。

「お酒が入ってても良い人だよ」

鷹野が、哲太の代わりに短く返事をした。

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