朝日を拝むとき4「合格」

(何がいけなかった・・・?)

哲太は考える。採用面接に提案商材を持ってきた。大きな結果を前職で残した実績も伝えた。
それに対する鷹野の反応は、及第点といったところだろう。だが小出は別。

『誰に何を売っているのかな?』

その質問の答えは、決まっている。鷹野エンジニアリングへ自分を売りにきた。だから寝る時間も惜しんで提案書を作り、意を決して吉嶋エンジニアリングに辞表を出した。それでも何か足りない。否、足りないというよりは、ズレたことをしてしまっている。

思わず、額から汗が流れた。

「暑いかい?冷房つけようか?」
「あ、すみません。どうも」

鷹野がリモコンでエアコンの温度を下げ、人差し指で小出の肩を小突いた。

「それと小出さん。次々と話を進めちゃってすっかり忘れていたけど、相手がどんな人であれ、客人には敬意を払うべきでしょう。・・・ということで、お茶を入れてくれないか?」
「ああ、それもそうですね。すいません煎れてきます」

小出が応接室を後にする。それからも哲太は何も言い出せず、ただ気まずい沈黙が流れた。

「はっきり言おうか、哲太くん」
「・・・何のことですか?」
「正直、君はまだまだ未熟だ。竹中さんからセンスがあるとは聞いている。実際、君は前職でメキメキと力をつけて大きな現場も何度か成功させたキャリアがある。でも、それは君を上手に使う竹中さんだからこそ出来た事なんだよ」
「・・・」
「それを踏まえた上で質問しよう。僕達は君をどう使えばいい?確か得意先周りのルート営業してたんだっけ?けど、ウチは得意先を今から作らなきゃならないんだ。前職で得た知識やノウハウは通用するだろうか?」
「・・・俺は、奏汰とある約束をしました。もし彼が独自でプログラムを組んでシステムが完成したら、売ってやると。
あいつには恩がある。そして、友人として願いを叶えてやりたい気持ちだけは他の誰にも負けません。
やりますよ。飛び込み営業だろうとテレアポだろうと。方法は問いません。その覚悟で来ました。奏汰のシステムは今の世の中に必要なものです。だから沢山の顧客に知ってもらいたい。あいつが遺したこのシステムには、それだけの価値があるんです!」
「・・・君は・・・」

鷹野が続きを言おうとしたその時、扉が開いた。

「お〜い鷹野。そんな意地悪してやる事ないだろ!」

そこに居たのは、小出ではなかった。

「上野さん。やだなあ、いつから聞いての?」

上野昭夫。前職で顔見知りだった、奏汰の上司。だらしなく伸びていた髭はなく、脂でウェーブを描いていた不潔な黒髪は短く切りそろえられている。服装も動きやすく、カジュアルなものに変わっていた。

「お前が持ってるコネと異業種交流会やセミナーで集めてきた経営者の名刺の山、全部西田にくれてやればいいじゃねえか。多いぞ?システム導入したくても出来ない会社。なあ、西田?」
「え、ああ・・・はい。上野さん、お久しぶりです」
「・・・おう、どうだ西田。面接受かりそうか?俺は一瞬で受かったぞ。自己紹介したらそれで合格だ」

上野はズボンのポケットから栄養ドリンクを取り出してビンのフタを開ける。相変わらずハードな環境なのだろうか。以前見た時よりも顔色は良く健康的に見えのだが。

「それとなあ西田。お前、やっぱり鷹野社長が言うように未熟だわ。だって気づいてねえだろ?たった今、自分が採用面接に合格したことに」

それを聞くやいなや、鷹野はむっとした表情に変わった。皆まで言うな。彼の目がそう言っていた。

「え、合格?」
「・・・はぁ、やれやれ。そうだよ、哲太くん。君はたった今、合格した。おめでとうね」

どこか残念そうな声色だった。反比例するように、上野はケラケラと笑い出した。

「似てんなー、竹中と。社長も若いもんの困った顔を見るの大好きだからな〜!」
「上野さん。なにも僕は好き好んで哲太くんを困らせてたわけじゃないんだよ。彼には足りないものがあった。それを自分の力で補えるかどうかが見たかったんだ」

鷹野は資料をまとめて束にする。

「・・・それは、人の心を揺さぶる力だ。
どんなに便利で優れたものを開発したとしても、人の心が動かないことには市場は変わらない。だけど僕は、吉嶋エンジニアリングに取って代わる企業になろうと鷹野エンジニアリングを立ち上げた。
そのスタートアップメンバーとして哲太くん、是非君の力を借りたい。よろしく頼むよ」

立ち上がって、握手を求める鷹野。哲汰はその手を強く握りしめる。
その直後、応接室のドアが鳴る。小出だった。

「・・・おお、何してたんだ小出ちゃん。面接終わっちまったぞ」

ビンに残っていた栄養ドリンクを飲み干し、上野は半開きだったドアを開ける。

「ケーキ切ってきた。お祝いのケーキ。西田くんが合格するって知ってたから」

先ほどの厳しい表情からは一変し、小出は優しい表情になっていた。小皿に乗ったケーキをそれぞれ席に配り、自分も席につく。

「ああ、そうだったな。確かお茶入れろって面接の最中で社長が言うのは、合格のサインだったな」
「そう。これだけの資料を1日半で用意してきたんだ。並々ならない情熱や切欠が彼の中にあることは明白だったんだよ。さて改めて社員を紹介するよ。
小出有希子さん。うちのブログライターで、情報発信の最前線を担ってくれている。画像の編集技術や見せ方、読者の心に響く言葉選び、興味を惹かせるキャッチコピー等については折り紙付き。休日は芸術活動・音楽活動をしていて、彼女の作品は一部のファンから根強い人気がある。
次に、上野昭夫さん。知っての通り、吉嶋エンジニアリングの元ベテランプログラマーだ。少しいい加減で大雑把なところがあるが、その点も含めて彼の持ち味といったところだ。実は彼によると、奏汰くんのシステムは今まで使ったことのなかった技術もいくつか使われているものの超シンプルなもので、積極的に哲太くんと営業活動をしていきたいとの事だ。
それと今は居ないけど、立川早希という女性スタッフも一名在籍している。よく外出していて今日もクライアントの所に居るけど、そのうち会えるだろう。
さて、それじゃ食べようか。面接で合格になったらケーキを出す会社ってあんまりないだろう?でも深く考えないでくれ、僕は甘いものに目がないんだ」

いち早く、鷹野がケーキのフィルムをとる。そして小出が全員にフォークを配った。
応接室で小さなお祝いをした後、さらに居酒屋で懇親会があるという。そこで立川という女性スタッフとも合流出来るのだそうだ。

定時まで哲太は鷹野の案内で社内の様子を見学し、仕事を終わらせた上野、小出とともに4人で車に乗り、居酒屋へと向かった。

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