朝日を拝むとき2「退職」

数ヶ月前。

哲太は遠方のクライアントの所へ出張する事になった。竹中曰く、その出張には開発部から一名のスタッフが同行するという。それが誰なのかは直前まで解らなかった。

当時から、哲太は上司と同行せずとも単独で顧客ルートを任されるようになっていた。一緒に現場へ向かう開発部の人間が、融通の利かない奴だったら嫌だなと思いながら出勤する。身支度を整えて、準備が出来たら開発部のフロアに向かった。

「失礼します。営業部の西田です。開発部の方が現場に同行してくれると聞いてやって来たんですが、分かる方いませんか?」

部屋に入ると、凄まじい勢いでキーボードを叩いているスタッフが大勢並んでいた。開発部はデスクワークが中心なので、殆どの席が埋まっている。何だか、威圧感があった。営業部はルート周りで何割かの社員が外出するのでここまで重苦しい雰囲気は流れていないのだが。

「・・・ああ?悪いちょっと今忙しいんだ、他の奴に聞いてくんないかな!」

やっと返事をしたスタッフもこの対応。哲太は早くも、開発部のフロアから出ていきたくなっていた。

「お前さあ、何度言ったらわかんの?!いちいち無駄な改行入れるなっていつも言ってんじゃん!それやると検索対象から外れるんだよ!」
「誰だよこのコード勝手に入れたやつ!コメント入れなきゃ消していいのかどうか分かんねーじゃねえか!」
「こら!お前また発注書のフォーマット間違えただろ!本社から連絡あったぞ!お前のミスで怒られるのは誰だと思ってるんだ!」

非常に声をかけ辛い雰囲気の中、フロアの中を哲太は歩く。ふと、部屋の端のほうに机の上に突っ伏しているスタッフが目に留まった。

「・・・居眠り?仮眠か?」

その周りで小柄な若いスタッフがゴミを集めている。そこかしこに散らばった栄養ドリンクの空き瓶を集めて、ゴミ箱に捨てていた。そして、毛布をもってきて、ダウンしているスタッフの背中をゆする。

「上野さん、駄目ですよこんな所で寝てたら。ちゃんと仮眠室に行きましょう」
「あ~~~~大丈夫だよ俺はここで、ちゃんと寝れるから~~~~」
「風邪ひきますよ!それにそんな姿勢だと腰を悪くしちゃいますって」
「大丈夫だよ~~堀部、いつもこうしてんだからほんと大丈夫・・・それよりお前、ゴミなんか集めてる場合か?そろそろ営業部から迎えがくるんじゃないか?」
「え?何の話ですか?何も聞いてないんですけど」
「・・・・・まじかよ。面倒くせえな。まあ・・・忙しすぎて意思疎通取れないのはいつものことか・・・どっこらしょ!!」

上野と呼ばれた男は立ち上がる。

「堀部、お前今週中に終わらせなきゃならないプロジェクトは何件だ?」
「3件です」
「わかった。俺が片付けといてやる。お前はさっさと身支度して営業部のフロアに行ってこい。今日から2日間、営業と出張だ」
「・・・・・・はい?」

大きなあくびをした後、上野と哲太は目があった。

「・・・あれ、なんかこいつ営業っぽくね?」
「・・・お疲れ様です。営業の西田です」

堀部奏汰は、身支度も何も出来ておらず。現場への出発は、一時間遅れる事になった。

営業車に奏汰を載せ、高速道路に乗る。しばらくハンドルを切る事もなくなったので、西田は一息ついた。

「開発部って大変なんだな」
「あはは・・・まぁね」
「大変なのは営業部だけだと思ってたよ。毎月数字に追われるし、夜遅くまで見積もりを作らなきゃいけないからな」
「実際、営業さんのほうが大変だよ。いつも現場で汗流してるんだし、色んなお客さん対応しなきゃならないし。
それに、僕らが作ったシステムなんて大企業が導入してるものと比べたら不完全なものだしね」
「そうなのか?俺には違いが分からないけど」
「全然違うよ。本格的なシステムはバグが少ないし、不要なプログラムコードもない。デバイスに掛かる負担も抑えてある。うちのは、古参社員が組んだ複雑なコードがそのまんま使われてるんだ」
「それって何か問題あるのか?」
「いざバグが起きた時が大変でね。仕様書が残ってたらいいけど、見つからなかったら推理しないと直せない。
そうこうしてる間に、どんどんデバイスも新しくなってくる。古い技術はどんどん使われなくなっていくのに、吉嶋エンジニアリングはそれに依存するしかないんだ」
「そうなのか。じゃあ、一旦落ち着いて棚卸ししたほうがいいんでしゃないか?」
「それが出来れば苦労はしないよ。次から次へと案件が入ってくるからね」
「・・・」
「あっ!別に営業さんが悪いって言ってる訳じゃないよ。案件取ってくるのが仕事だろうし」

哲太は黙ったまま何も言わなかった。一瞬、気まずい空気が車内に紛れる。

「なぁ堀部、何でうちの会社に入ったんだ?」
「え?それは、プログラムってものが好きだからだよ。それと、うちの会社の方向性が気に入ったのもあるかな」
「それって、アレか。システムが無くて困ってる中小企業が大勢居るから、低価格なシステムを提供することで助けたいってやつか」
「そう。西田君は何で入ろうと思ったの?」
「うーん、大した理由はないな。別に内定取れたらどこでも良かったし。強いて言うなら近くに弁当屋やコンビニ、銀行があるくらいだなぁ」
「ああ確かに!あそこの弁当屋、月初に特製弁当を作るから結構開発部の皆、楽しみにしてるよ」
「へぇ、そんな事してたのか。俺は結局、出張先で外食ばかりだからあんまり弁当屋には行かないし、気付かなかったわ」

などと、他愛のない雑談をしていると、段々と辺りの空が暗くなってきた。

「暗くなってきたけど大丈夫?」
「大丈夫。クライアントとは19:30に約束してるから、サービスエリアで何か食べて小休止してから行こう」

サービスエリアで車を駐め、レストランに入って食事を取る。その後、高速を降りて下道を、走る事数分。クライアントの企業の看板が見えてきた。

「竹中係長が言うには、ほとんど決定してるお客さんだそうだ。だから最後のひと押しをしてくれと言われたんだ。
俺じゃシステムのことを説明しきれないかもしれないから、質問されたら頼むよ。
えーと、契約書と朱肉も一応持っていくか。」
「・・・ねえ、西田君。何か変じゃない?」
「ん?」
「電気がついてるの、一室だけだ。もう皆さん、仕事終えたのかな?」
「まさか。年中忙しいからシステム導入をしたクライアントだぞ。こんな早い時間に全部の業務が終わるわけがない。取り敢えず入ってみるか」

株式会社高杉陶芸。事務所はそこまで大きくないが、建物は新築で仄かに木の匂いがする。

正面玄関から入り、事務員に案内されて二人は応接室へ通された。それから暫くくして、クライアントの高杉當次郎が現れた。

「やぁ。よく、きたね西田君!」
「お久しぶりです、高杉さん。今日は開発部のスタッフも連れてきました」

奏汰と高杉社長が名刺を交わす。

「竹中君は元気にしてるかい?」
「はい。でもすみません、竹中は別件で手を取られていて、今日は顔合わせすることが出来ず。。」
「いやいや、彼も忙しそうだからね。はぁ、参ったなぁ・・・吉嶋エンジニアリングさんの問題じゃないんだけどね」
「・・・どうしましたか?」
「いや、私はシステムを導入しようとしてはいるんだよ。きちんと料金も毎月支払おうと思っている。
しかし、見てくれ。案件は溜まり放題なのに、ほとんどのスタッフが帰宅してしまっている。何故だと思う?」
「・・・そういえばほとんどのお部屋は既に消灯されていますね。何故ですか?」
「スタッフの賛同が得られないんだよ。電話やメールだけで案件受注管理は十分、なのにシステムの為に投資するのはバカらしいと言われてしまったんだよ」
「なるほど。あまり理解してくれなかったという訳ですか」

無言で高杉は頷いた。奏汰は明らかに困った表情だが、哲太はあまり同時ていなかった。
商談で、この手の相談は何度か受けたことがあるからだ。

「私は、今の話を聞いて改めて高杉さんは、さすが経営者だなと思いましたよ」
「え?」
「現場で働くスタッフさんでは中々気付けない問題点があります。その問題を解消するのが、手作業を自動化するシステムです。こうやって頭を抱えながら悩むこと自体、普通の従業員だったらあり得ない事なんです。だから、私もこういう仕事をしてると、高杉さんのような全体を俯瞰する経営者の視点は大切だとよく思うんですよ」
「そういえば、そうかもしれんな。なるほど」

哲太は、鞄から資料を出す。

「御社の月間平均粗利高とスタッフ数から、生産効率を割り出してみました。そして、一回の手作業による記入や記入漏れが、どれだけのロスになるのかも計算しました」
「なるほど。これを計算したのは君かね?」
「はい。ほとんど推測ではありますが」
「いや、大体合っているよ。なるほど、この資料は今度の全体会議で使わせてもらおう」
「それと、もう一つ。こちらは御社の理念をベースにした提案書です」
「おお、素晴らしい!」

高杉社長は、思わず立ち上がった。

「創造、研鑽、誠実、貢献」

それは、高杉陶芸が創業期から信条としてきた経営理念だった。この四つのキーワードをタイトルに、彼がどれだけ現場で働くスタッフたちを大切に思っているのかが伝わるような文章が書いてある。

「ミスや無駄は、頑張りが足りないから起きるんじゃありません。高杉さんは、皆さんが頑張ってるから一つも無駄にしたくないんですよね?」
「そう、私はこれが言いたかったんだよ。早速印刷して回覧を社内で回してみよう。どうもありがとう!」

それから商談は終始前向きに進み、成立した。システムの扱いについてまだ分からないことは奏汰が回答し、高杉は社員たちを説得させるために意気込んでいるようだった。

近くのビジネスホテルで一泊し、哲太は奏汰を乗せて営業車を事務所へと向かわせる。仕事疲れが体に溜まってはいたが、商談が決まったあとの気分は晴れやかだった。

「西田君は凄いね」
「ん?」
「あんなにへこんでいた高杉社長をあそこまで持ち上げるなんて」
「そうか?俺からすればあんな便利なシステムを開発してるお前らのほうが余程化け物に見えるぞ。
それに俺は物覚えが早いとは言われるけど、特別な技術は何も持ってない。全部うちの竹中係長の言ったことを実践してるだけだ」
「そうなんだ、あの資料の作り方も?」
「ああ。応接間に企業理念、飾ってあっただろ?以前訪問したときに、念の為撮影しとけって言われてな。ロス計算の資料もそうさ。クライアント先の受注管理の記入漏れ、ダブルチェック、ミス処理に何人動いたか、その時間があればどれだけ稼げたか。とかいろんな状況がシュミレート出来るようにファイルが作られてる」
「そうだったんだね。どちらにせよ営業って凄いよ。技術じゃ、あの場で人の心を変えることは出来ないから」
「そこは、持ちつ持たれつじゃないか?」
「西田君。もしも僕が個人で開発してるシステムがあって、それが商品化されたら、君は売ってくれるかな?」
「・・・個人開発?なにそれ、会社の皆でやらないのか?」
「会社は今の製品を暫く変える事はないと思うよ。休日とかに時間を見つけて少しずつ制作してるんだ。将来、何かあった時に備えてね」
「あー、なるほどね。将来独立でも考えてるのか?」
「独立とか、再就職のときにそのシステムを企業に売り込んでみようかなって思ってるんだ」
「いいぜ、出来たら教えてくれよ。でも、どんなシステムなんだ?」
「それはね・・・」

その先は、なぜか思い出せなかった。どちらにせよ、もう奏汰はこの世に居ない。

自宅に着いて、高野からもらったUSBディスクを、パソコンに挿入する。中には、事業計画書やスタッフ名簿などが入っていた。

「・・・夢物語だ」

吉嶋エンジニアリングが大企業なら高野エクスペリエンスは零細企業。哲太は、やはり胡散臭い男の口車に乗せられて、竹中から厄介払いをされているのだろうと思った。

企業のビジネスサポートを専門にする会社は腐るほどある。今マーケットで主導権を握っている既存業者が築いた城壁を崩す事など、到底出来やしない。

「こんな事業計画に付き合わされるなら、職安で仕事したほうが遥かに賢い選択じゃないか?竹中のやつ、なんでわざわざ俺なんかをこんな計画に参加させようとしてるんだ?」

そう思って、スタッフ名簿を開いた。すると、ある見覚えの男の名があった。

「上野昭夫?・・・上野って、まさか・・・」

開発部の、疲れ切っていたスタッフの一人。彼もまた、このプロジェクトに参加したのだろうか。

そして次の瞬間、哲太は信じられないものを発見する。
プログラムと書かれたフォルダがある。中を開けると、取り扱い説明書と、データファイルがいくつか見受けられた。

作成者の名前は、堀部奏汰。

「お前・・・!」

生きていた。奏汰の意思はまだ、この世に残されている。

「もしも僕が個人で開発してるシステムがあって、それが商品化されたら、君は売ってくれるかな?」

果たせなかった約束だと思っていた。しかし今、奏汰のシステムがここにある。
そうと分かれば、1秒も無駄には出来ない。

プログラマーに負けない速度で、哲太はキーボードを打ち始める。
急ぎすぎて文字をを打ち間違え、苛ついて舌打ちしながらバックスペースキーを連打した。
額には汗が浮かんでいる。それを拭うことさえ忘れて、思考を巡らせた。

(どうすればお前の作品は輝く?どうすれば甦る?考えろ・・・バトンは閉ざされた闇の向こうじゃないんだ!)

東の空からは、朝日が昇る。部屋には、哲太の姿は無かった。

吉嶋エンジニアリング本社ビル5Fに総務部がある。
哲太はそこで、人事課長の谷繁を待ち構えていた。

「おお西田君!もう大丈夫なのか?竹中がえらく君のことを心配していたぞ」
「ご心配をおかけしました。もう大丈夫です。ですが谷繁課長。
俺は、やりたい事が見つかってしまいました。申し訳ありませんが、本日をもって退職します」

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